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社長メッセージ

 

最適化商社

代表取締役社長
小林 泰士YASUSHI KOBAYASHI

最新の代表メッセージ

マーケットエンタープライズの軌跡
とこれから

2006年に創業した私たちマーケットエンタープライズは、2015年6月の東証マザーズ上場を経て、2021年2月に東証一部へと市場変更を果たした、15期目を迎えた企業です(2021年現在)。
2015年に上場して以来、事業の多角化を進めており、基幹事業であるネット型リユース事業に加え、メディアプラットフォーム事業、モバイル通信事業と、今後の成長に向けてステージが広がりました。そして東証一部への市場変更に伴い、私たちの成長スピードは更に加速していくでしょう。

組織は、国内外合わせて17拠点、グループ5社体制に拡大。マーケティングからシステム開発、オフショア拠点、コンタクトセンター、リユースセンター、カスタマーサポートまで、一気通貫で内製する仕組みが整うと同時に、新しいビジネスモデルを作る事業企画、営業企画、システムを開発するエンジニア、その開発を指揮するディレクター、UI/UXの改善を担うデザイナーと、多彩な職種の人材が様々な事業体で働けるようになりました。
同じマインドを持った優秀な仲間が長く働き続けられるよう、転勤のない「地域限定職」という職群の新設や、社内でのキャリア形成を目的とした「ジョブローテーション」も事業間やグループ会社間でスタートさせるなど、社員が働きやすい環境づくりも並行して行っています。

事業面では、ネット型リユース事業の拡大に伴い、買取業務の電子化、買取ルートのオートメーション化、マーケティングツールの自社開発などによる効率化を図りました。併せて、物流の問題でEコマースに不向きと言われていた農機具や建設機器、医療機器といった大型商材のEC化にも成功しました。
こうしたグローバルニーズの多い分野へと商材の幅を広げ、現在では累計80カ国に向けた越境取引も可能となりました。
また、ネット型リユース事業の中でも、全国にあるリユースショップ約1000店鋪が加盟するマッチングプラットフォーム「おいくら」においては、サービス系ECとしての本格成長期を迎えようとしています。

モバイル通信事業、メディアプラットフォーム事業も、立ち上げから成長期を迎えています。
モバイル通信事業は、2019年9月のSIMロック解除の義務化による、中古端末のニーズ拡大を見据えスタートしましたが、現在では、WiMAXを中心に「賢いモバイル」の略称である「カシモ」というサービス名で、6万人を超えるユーザー様にご利用いただいております。
メディアプラットフォーム事業においては、現在8つのメディアを展開しており、通信領域、リユース領域、趣味領域と消費者の方への選択肢を増やしながら、月間で1400万PVを超えるようなトラフィックが集まるメディア群に成長しています。

今後は、新規事業と同様に、ネット型リユース事業で培ってきたノウハウ、IT、マーケティングの知識を武器として、これまでリユースが促進されてこなかった分野に新たなマーケットを創造すると同時に、コングロマリット(複合企業体)として様々な領域へチャレンジを重ねていきます。そんな中、これからマーケットエンタープライズグループにジョインしてくれるメンバーに期待する知識や経験は一つではありません。
リユース事業に興味がある方はもとより、ゼネラル志向で主体性のあるマネジメント層をはじめ、「IT×リアル」で世の中を滑らかにし、最適化を促進する発想のあるマーケッター、サーバーサイド・フロントエンドエンジニア、マークアップエンジニア、UI/UXの改善が得意なデザイナー。コングロマリットグループを形成する管理メンバー。「自ら主体者となって、賢い消費を支える新たな時代の商社を作りたい」と考える主体的な方に、ジョインしてほしいと思っています。

「マーケットエンタープライズ」の「エンタープライズ」の語源には「冒険」という意味があります。
常に新しい冒険を続けて、市場を作り続けていく存在でありたい。そんな願いをこめてつけた社名です。
ぜひ、私たちと一緒に、新たな時代の最適化商社をつくっていきましょう。

 

「経営者になりたい」
― 起業までの経緯

ここで、私がマーケットエンタープライズを起業するまでの経緯についてお話しておきましょう。私がリユース事業を手がけるきっかけになったのは、中学生、高校生時代の古着屋巡りです。当時、ヴィンテージのジーンズなどが流行しており、週末のたびに東京に出て古着屋やフリーマーケットを見て回ったものです。 フリーマーケットで洋服を売ることもあり、売る側も買う側も早くから経験していました。このころから、商売人としての気質は芽生えていたのかもしれません。とはいえ、大学に入学してしばらくは、ただ流行を追うだけの日々を無為に過ごしていたというのが本当のところです。20歳を迎えるころになって、根拠のない自信があるだけで何一つ本気で取り組めていない自分にだんだんと焦燥感を覚えるようになり、同世代の活躍を見るにつけモヤモヤした気持ちが募っていきました。ソフトバンクの孫正義代表をはじめとする起業家が注目され始めたのは、ちょうどこのころです。新しい企業を築き上げていく華々しい活躍に触発されて、「経営者になりたい」と起業を意識するようになりました。

自分を変えるには、まず「行動すること」。
起業を決めてからの私は、日経新聞や経済、金融に関する書籍を読み漁って経営を学び、合計20種類以上でしょうか、さまざまなアルバイトをして知識、経験を身につけました。バックパックひとつ背負って行った海外で学んだことも数知れません。タイとカンボジアでの国境ではピックアップトラックの荷台に乗ってアスファルトで舗装されていない土地を一晩かけて移動をしたり。マレーシアでは、当時20歳の私と同い年の青年がガイドとして働き、これから自国がどう発展していくべきか、本気で国や政治を語っていました。 数々のカルチャーショックを通して気づいたのは、自分がいかに恵まれた環境にいるかということです。恵まれているのに、チャレンジしないなんてもったいない。そういう気持ちが育ったのも、海外で見聞きしたことの影響が大きいと思います。

また、海外では、今につながる「商売」にも挑戦し始めました。セントラルマーケットで価格を比較したり、良さそうな商品を見繕ったりするのが好きだったので、日本で人気のターコイズを仕入れて、フリーマーケットやインターネットで販売したのです。その後も、芸人やミュージシャンの発掘、学生イベント、クラブでの大がかりなパーティの企画など、ビジネスの芽になりそうなものがあれば思いつくままに試しました。思うような結果は出せませんでしたが、学生生活の傍ら、生涯をかける覚悟もなく片手間にやっていたのでは、壁にぶち当たるのが当然でしょう。それでも、圧倒的な経験不足と実力不足を実感できたことは大きな収穫だったと思います。身近に見本となる経営者がいない中で起業するには、情報量が足りないということも痛感しました。そこで、成長できる環境に身を置き、経験値を上げてから再チャレンジするために、「成長でき、経営ノウハウを学べる会社」だと感じたベンチャーの投資会社への就職を決めたのです。

フランチャイズパッケージから通信機器、不動産まで、多種多様な商材を扱う会社での仕事は泥臭く、多忙を極めましたが、学ぶことは多く得難い経験ばかりだったと思います。一方で、売ったら売り切りの営業スタイルでお客様と長期的な関係を築けないことや、将来にわたって主体的にサービスを変えていける環境ではないことにもどかしさも感じていました。 お客様とWin Winの関係でありたい、主体的に組織と関わりたいという思いが募った23歳のとき、100万円を握りしめて独立。「Win Winの関係が築ける商売を展開し、商売を心から楽しむ主体者集団で在り続ける」を企業理念として、「市場創出」を意味する「マーケットエンタープライズ」を創業したのは、2006年7月7日、大安吉日のことでした。